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常泉寺とは

歴史 

当山は、豊臣秀吉公生誕の地に建てられたお寺になります。秀吉公に命じられ、加藤清正公並びに開山である圓住院日誦上人とで創建されました。
堂内で祀られている御神体の豊太閤像は木食興山上人の彫刻です。この御神体は始め大阪城に祀られていたお像であり、清正公が秀頼公にお願いして、常泉寺に鎮座するに至りました。正殿拝堂及び廊門巍々玲籠として東海地方では壮観な寺院仏閣といわれております。

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豊太閤産湯の井戸

この井戸は秀吉公生誕時に産湯で使われたものと伝わります。当時近郷に類のない清水の溢れる井戸とされ、この清泉を由来として「常泉寺」の寺号を定めたと当山の縁起書に記されております。

昭和40年代に入り、市の発展に伴い地下水の変動で一度は枯れるに至りますが、年号改元を機に常泉寺の名のとおりの再現を試み清泉が甦りました。

お手植えの柊

秀吉公は(1590年)小田原城攻め凱陣の時、この地に立ち寄り一宿されました。その時に家臣である小早川隆景と加藤清正を呼び出され、常泉寺の建立を命じました。お寺を建立するにあたり秀吉公は「私が11才のときに植え置いた柊(1547年)がこんなにも繁茂しているではないか。柊は鬼神も恐れる吉祥の樹なり、これからも大切に致すべし」として、その手で竹を添えられました。

以来「幹」が衰えても下枝が育ちを繰り返しながら現在に至ります。

お手植えの柊

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